物理学会誌 8月号 636 (2007)

追悼 ピエールジル・ドジャンヌ博士
                                   
  フランスのノーベル物理学賞受賞者である、ピエールジル・ドジャンヌ博士が、2007年5月18日に死去した。ドジャンヌ博士は1932年パリに生まれ、エコールノルマルを卒業後、サクレーの原子力研究所で、アブラガム教授、フリーデル教授の下で中性子散乱と磁性の研究により博士号を取得した。1961年、パリ大学オルセー校の助教授となり、超伝導の研究グループを立ち上げた。その後、グループの研究テーマを徐々に液晶にシフトし、1960年代の液晶研究の中心となるOrsay liquid crystal groupを形成した。1971年、フランスアカデミアの頂点にたつコレージュドフランスの教授となる。このころから研究の中心を高分子に移し、ストラスブルグ、サクレーのグループと共に、スケーリング理論を中心として、高分子物理学を一新する研究を行った。1980年あたりからは、研究の中心を界面・コロイド科学にシフトし、その後も、接着、破壊、粉体、細胞運動、など今日ソフトマターと呼ばれる分野のあらゆる問題に対して、先鋭的な論文を発表し続けた。
  
ドジャンヌ博士は、磁性、超伝導、液晶、高分子、界面科学と、広範な分野で研究のテーマを次々と変えて研究を行ってきた。一つの分野に関わった期間は10年たらずの短い期間であったが、それぞれの分野に大きなインパクトを与える仕事をしてきた。分野を変えるたびに、彼は教科書を著してきたが[1-4]、それらはいずれも記念碑的な著作となっている。特に、液晶、高分子、界面科学など、それまで物理学のなかでまともに扱われてこなかった分野に、魅力的な物理の問題があふれていることを示してくれた。ここにあげた物質群は、今日“ソフトマター”と呼ばれている。この言葉は1991年の彼のノーベル賞受賞講演のタイトルである。ソフトマター物理学を開拓し、それに言葉を与えたのはドジャンヌ博士である。
  
ドジャンヌ博士の論文は、後年、彼自身が“印象派物理”と呼んだ、特徴的スタイルを持っている。それは、細部の描写を通して対象を現在させる古典派に対して、心に映る印象の表現に注力する印象派に似ている。細部にこだわらないで問題の全体を捉えること、印象的な言葉で問題の本質を伝えること、最も本質的な部分を切り出して、必要最小限の数式で理論を表現すること、などは、彼の論文を特徴づける魅力である。このスタイルは、彼自身の自選の論文集[5]に見ることができる。
  
ドジャンヌ博士は物理学の巨人でありながら、人間としては、謙虚で、思いやりにあふれた人であった。文学に造詣が深く、源氏物語や三島由紀夫について、いくらでも語り続けることができた。絵が好きで、日本の古寺を訪れたときには写真を取る代わりに、スケッチで仏像の形を写していた。ノーベル賞をとってからしばらくは、高校生を相手に、科学の面白さを伝えることに熱中していた。
  ドジャンヌ博士は、多くの優れた研究者を育てているが、研究の舞台では芸術家や職人と同じように常に一人の人間として仕事に取り組んできた。人間の価値を決めるのは、肩書きや賞の数ではなく、一人の人間としての魅力であるということを語らずして、我々に示していたように思う。物理学者として、教育者として、本当に偉大な人を失ってしまった。ご冥福を祈る。

文献
(1)超伝導:Superconductivity of metals and alloys(Benjamin 1964)
(2)液晶:The physics of liquid crystals  (Oxford University Press 1974)
(3)高分子:Scaling concepts in polymer physics (Cornell University Press 1979)
(4)界面:Capillarity and wetting phenomena (Springer 2003)
(5) Simple views on condensed matter (World Scientific 1992)